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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)7482号 判決

原告

株式会社パソナ

右代表者代表取締役

南部栄三郎

右訴訟代理人弁護士

杉山義丈

清木尚芳

松本岳

三浦州夫

被告

田中秀憲こと李鍾世

被告

田中幸一こと李幸一

右被告両名訴訟代理人弁護士

泉秀一

神田俊之

奥野信悟

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金二億七四七八万三七〇二円及びこれに対する平成五年五月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、金三億七〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、労働者派遣事業・事務処理・経理処理・電子計算処理その他各種産業上の業務処理の請負等を目的とする株式会社である。

2  本件賃貸借契約の締結

(一) 原告(本件賃貸借契約を締結した当時の商号は「株式会社テンポラリーセンター」であったが、平成五年六月一日に「株式会社パソナ」へと商号を変更した。)は、平成二年八月一七日、被告田中秀憲こと李鍾世及び同田中幸一こと李幸一(以下「被告ら」という。)との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、次の条件で賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。

賃料 一か月四二二万八八〇〇円

(消費税は別途原告が負担する。)

管理費 一か月一〇万円

賃貸期間 平成二年八月一七日から二年間

使用目的 事務所、ロビー、ショールーム、会議室等

保証金 三億七〇〇〇万円

(二) 原告は、同日、被告らに対し、本件賃貸借契約に基づき、保証金三億七〇〇〇万円を預け入れた。

(三) 原告は、本件建物の引渡しを受けた後、本件建物の使用目的である事務所、ロビー、ショールーム、会議室用に内装を加えた上、原告の梅田店として使用するに至った。

3  本件工事による本件建物への影響

原告は、本件建物において営業を継続していたが、平成三年夏ころから、本件建物の北側前面道路(以下「本件道路」という。)において、「大阪駅前公共地下歩道等建設工事」(以下「本件工事」という。)が始まり、平成四年一〇月以降は本件工事は日毎に大規模のものとなり、本件道路のうち歩道部分は幅約1.5メートルを残して高さ約二メートルの目隠し塀で仕切られたために右歩道を通行する人はほとんどいなくなり、周辺の通行人が本件建物を観望することもなくなった。さらに、本件道路の車道部分には工事用重機やトラックが駐車し、工事騒音が絶えず、人の流れは途絶し、通行人が本件建物内に立ち寄ることも皆無となり、原告の従業員ですら通勤や出入りが不自由となるほどであった。

本件工事は、平成元年一二月に大阪駅前ダイヤモンド計画として地下街中央道路協議会で承認され、平成二年三月には、知事の事業認可があり、工事期間については、平成三年二月から平成七年三月までと予定されていたものであり、本件工事によって本件道路は、地下地上とも、長期にわたり大がかりな工事が施工される予定となっていたものである。

4  錯誤無効

(一) 原告が本件賃貸借契約を締結した目的は、本件建物にショールームとしての機能を最大限に発揮させ、一般通行人が気軽に店内に立ち寄り、原告の派遣労働者として登録して貰い、質の高い人材を確保することにあった。

(二) 原告は、本件賃貸借契約を締結する際、右の賃貸借の目的を被告らに表示し、被告らは右目的を了解していた。

(三) 被告らは、本件賃貸借契約を締結する際、原告に対し、本件工事の工事計画、工事期間及び工事内容について何ら説明をしなかったが、仮に原告が被告らから本件工事の工事計画等について説明を受けていたならば、本件工事によって本件建物はショールームとしての機能を果たすことができず、原告が意図していた企業理念、事業目的に役立たないことになり、従業員の通勤にも差し障るのであるから、原告は本件賃貸借契約を締結することはなかった。

(四) よって、原告は、本件賃貸借契約を締結するに際し、意思表示の要素に重大な錯誤があったといえるから本件賃貸借契約は無効である。

5  履行不能による解除

(一) 被告らは、ショールーム機能を目的とする店舗の貸主として、本件賃貸借契約を締結するに際し、本件工事の工事計画の概要、工事内容及び工事期間等の詳細について調査した上でその結果を原告に報告する義務を負っていたところ、右義務を怠り、原告に対して本件工事が本件建物に及ぼす影響を報告しなかった。これは、ショールーム機能を目的とする店舗の貸主としての重大な義務違反に当たり、原告は被告らの右債務不履行のために本件工事の詳細を把握することなく本件賃貸借契約を締結したものである。

(二) そして、賃貸人である被告らは、賃借人である原告が本件賃貸借契約を締結した目的を達成することができるよう賃貸目的物を使用収益させるべき義務があるところ、前記3のとおり、本件賃貸借はその目的を達成することができなくなったものであり、被告らが原告に対して本件賃貸借物件を使用収益させる義務は履行不能となった。そして、右履行不能は、被告らの右債務不履行に起因するものである。

(三) よって、原告は、被告らに対し、後記8(一)記載のとおり、平成四年一一月一九日、右履行不能を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  事情変更による解除

(一) 原告は、前記3記載のとおり、本件工事が実施されたことによって、ショールーム機能を備えた店舗を設置するという本件賃貸借契約の目的を達成することが不可能となった。これに加えて、原告は本件賃貸借契約を締結する際に三億七〇〇〇万円という高額な保証金を被告らに預け入れていること、本件賃貸借契約の賃料は一か月坪当たり四万円と高額であること、原告は本件建物に入居するに当たり四九九四万円もの内装費を負担したにもかかわらず、それに相当する効用が得られない結果となったこと、原告は本件工事について事前に被告らから何ら情報の提供を受けず、本件工事の結果を予見することは全くできなかったことなどを考え併せると、本件工事が継続するにもかかわらず、なお原告が本件建物を賃借し続けなければならないとすることは、原告の日々の損失が明らかであるのに原告を本件賃貸借契約に拘束することであって信義則に反する。

(二) よって、原告は、被告らに対し、後記8(一)記載のとおり、平成四年一一月一九日、右の事情変更を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

7  民法六一一条二項による解除

(一) 前記のとおり、本件工事によって原告は本件建物をショールームとして利用することが不可能となったが、このような場合は民法六一一条一項及び二項の規定する、建物の一部が滅失したことにより賃借人が賃借目的を達成することができなくなった場合に準じて考えられるべきである。

(二) よって、原告は、被告らに対し、後記8(一)記載のとおり、平成四年一一月一九日、民法六一一条二項を準用して本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

8  本件賃貸借契約の解除及び解約

(一) 原告は、被告らに対し、平成四年一一月一九日に被告らに到達した内容証明郵便において、前記5ないし7記載のとおり、履行不能、事情変更による目的達成不能又は民法六一一条二項を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 原告は、被告らに対し、平成四年一一月二八日に被告らに到達した内容証明郵便において、本件賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。(なお、原告は、右解約の意思表示により、右(一)の解除の意思表示を撤回したわけではなく、右解除の意思表示に加えて、予備的に解約の意思表示をしたにすぎないものである。)

(三) 原告は、被告らに対し、平成四年一二月二〇日、本件建物を明け渡した。

9  よって、原告は、被告らに対し、不当利得返還請求権(錯誤無効を理由とする場合)又は現状回復請求権(解除又は解約を理由とする場合)に基づき、金三億七〇〇〇万円及びこれに対する本件建物明渡しの後である平成五年一月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2(一)ないし(三)の事実は認める。

2  請求原因3の事実のうち、平成三年夏ころより本件工事が着手されたことは認め、その余の事実は知らない。

3  請求原因4ないし7の事実は否認する。

4  請求原因8(一)ないし(三)の事実は認める。

三  抗弁

1  重大な過失(錯誤無効の主張に対して)

原告は、本件賃貸借契約締結前には、少なくとも地下道出入口工事がなされることを知っていたのであるから、原告が本件建物をショールーム目的で使用するのであれば、本件工事の内容について十分調査すべきであるにもかかわらず、右の調査を怠ったものであり、原告には重大な過失があったといえる。

2  保証金からの二割控除の合意

本件賃貸借契約には、(一)賃料は二年毎に改定するものとし、改定後の賃料は改定前の賃料を一〇パーセント増額した金額とする、(二)保証金は無利息とし、契約が終了したときに建物の明渡しと引換えに、保証金のうち二割を控除して返還する、(三)当事者が本件賃貸借契約を解約しようとするときは、六か月前までにそれぞれ相手方に対し、書面をもってその旨を予告しなければならない、ただし、賃借人は、この予告に代えて六か月分の賃料相当額を賃貸人に支払い即時解約することができるとの特約(以下「本件特約」という。)が存する。

3  弁済の提供

被告らは、原告に対し、平成五年七月一九日に原告に到達した内容証明郵便により、次項のとおり本件賃貸借契約における保証金の清算金を支払う旨通知し、弁済の提供をした。

4  よって、本件賃貸借契約は、原告から被告らに対する本件賃貸借契約の解約通知が被告らに到達した平成四年一一月二八日から六か月後である平成五年五月二七日の経過をもって終了したものであり、また、賃料は、本件賃貸借契約の更新された平成四年八月一七日以降、一か月四六五万一六八〇円(従前の賃料である四二二万八八〇〇円を一〇パーセント増額したもの)に増額されたものであるところ、原告は平成四年一二月分まで一か月四二二万八八〇〇円の賃料を被告らに対して支払っているので、保証金三億七〇〇〇万円から、その二割を控除し、さらに、平成四年八月一七日から同年一二月三一日までの賃料差額金及び平成五年一月一日から同年五月二七日までの未払い賃料の合計金額である二四五五万四三二二円に消費税三パーセントを加算した金二五二九万〇九五一円を本件特約に基づいて控除すると、被告らが原告に対して返還義務を負う保証金の額は、次のとおり、金二億七〇七〇万九〇四九円となる。

3億7000万円×0.8−(42万2880円×15/31+42万2880円×4+465万1680円×4+465万1680円×27/31)×1.03=2億7070万9049円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

2  抗弁2の事実は認める。

3  抗弁3の事実のうち、被告らが原告に対して平成五年七月一九日到達の内容証明郵便により、保証金の清算金を支払う旨を通知したことは認め、その余の事実は否認する。

五  再抗弁

1  公序良俗違反(暴利行為)

本件において、原告が被告らに対して預け入れた保証金三億七〇〇〇万円は、賃料(一か月四二二万八〇〇〇円)の八七か月分を超える金額であって、本件賃貸借契約に基づき原告が負担するべき債務の担保としてはきわめて過大であり、原告は、被告らが賃貸人という地位に基づいて強引に高額の要求をしたものをやむなく受け入れたものである。賃貸人である被告らが過大な保証金の預託を受けたことにより取得する運用利益だけでも極めて高額で、それにもかかわらず、契約終了時にさらに二割すなわち七四〇〇万円を控除するというのは、金額的に常識的かつ合理的な範囲をはるかに越えており、暴利行為として民法九〇条により無効となる。

2  本件特約の不適用

元来、保証金から償却費等の名目により一定金額を控除する旨の約定は、賃借人が対象物件を少なくとも賃貸借の目的に従い通常の用法に従って使用収益できることを前提したものである。本件において、原告は、本件建物の立地条件の良さに着目し、営業活動の拠点及びショールームとして使用する目的で本件建物を賃借したのであるが、原告の予想し得ない近辺の長期にわたる大工事(本件工事)により本件建物を賃借した目的を遂げることが不能となり、本件賃貸借契約を解消せざるを得なくなった。このような事態は、原告には全く責任はなく、被告らの責に帰すべき事由というべきであり、かかる場合には、保証金を二割控除する旨の約定は機能することはなく、被告らは原告に対して保証金全額を返還する義務を負う。

また、本件賃貸借契約には、「当事者が本件賃貸借契約を解約しようとするときは、六か月前までにそれぞれ相手方に対し、書面をもってその旨を予告しなければならない。但し、賃借人は、この予告に代えて六か月分の賃料相当額を賃貸人に支払い即時解約することができる。」との特約が存するが、右保証金の控除規定と同様の理由により、かかる特約は本件のように賃借人の責に帰すべき事由によらずして解除等によって賃貸借契約が終了する場合には適用されないというべきである。

3  控除されるべき保証金の減額(期間満了前の解約を理由とする)

本件では、原告が被告らに対して差し入れたものは権利金ではなく保証金であるが、本件特約により控除される七四〇〇万円は権利金的性質を有するとも考えられる。原告は、高額の保証金を差し入れた上、金四九九四万円の内装費用を負担し、それに相当する効用も得ないうちに約二年四か月で右の内装を収去して原状回復の上本件建物を被告らに対して明け渡しており、莫大な損害を被っている。したがって、右の七四〇〇万円のうち、賃貸期間の残存期間に相当する部分は不当利得として原告に返還されるべきである。本件賃貸借契約は、賃貸借契約書上は、賃貸期間は二年間とされ、二年ごとに更新が可能であるとされているが、当事者である原告及び被告らは長期の更新を予定していたものであり、経験則上、通常二〇年は継続する予定であったものである。とすれば、右の七四〇〇万円のうちの九割(六六六〇万円)については控除は許されないというべきである。

4  賃料据置きの合意

原告は、被告らとの間で、平成四年一〇月初旬ころ、平成四年八月一七日以降(本件賃貸借契約更新以降)の賃料を更新以前の賃料のまま据え置くことを合意した。

5  賃料減額請求

原告は、被告らに対し、平成四年一一月二七日付書面にて、本件賃貸借契約における賃料を従前の賃料の半額すなわち一か月につき二一一万四四〇〇円にするよう減額請求をした。よって、保証金から控除されるべき賃料は、一か月あたり二一一万四四〇〇円として精算されるべきである。

6  賃料増額条項の無効

本件賃貸借契約においては、賃料を二年毎に一〇パーセントずつ増額する旨の特約がある。

しかしながら、建物の賃料増額は、借地借家法三二条に定める場合すなわち、(一)土地・建物に対する租税その他の負担の軽減、(二)土地・建物の価格の上昇・低下、(三)その他の経済事情の変更、(四)近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった場合に限られるものであるから、右特約は同条項に違反し、無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1ないし3及び6の主張は争う。

2  再抗弁4の事実は否認する。

3  再抗弁5のうち、原告が被告らに対して平成四年一一月二七日付書面にて、本件賃貸借契約における賃料を一か月につき二一一万四四〇〇円にするよう減額請求をした事実は認め、保証金から控除されるべき賃料は、一か月当たり二一一万四四〇〇円として精算されるべきであるとの主張は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(当事者)及び2(一)ないし(三)(本件賃貸借契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因3(本件工事による本件建物への影響)について

いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第七、八号証、同第二二号証、乙第九号証、いずれも本件工事開始後の本件道路の状況を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、証人阪口正一の証言により、撮影者は原告の従業員である庄司某であり、撮影年月日は平成四年一二月ころであることが認められる甲第九号証の一ないし八、いずれも本件工事開始後の本件道路の状況を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、証人山本絹子の証言及び弁論の全趣旨により、撮影者は原告の従業員であり、撮影年月日は平成五年一〇月ころであることが認められる甲第一〇号証の一ないし一四、いずれも本件建物の出入口付近を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により、撮影者は原告の従業員であり、撮影年月日は、一ないし五については平成五年一二月二日、六ないし八については同月二四日であることが認められる甲第一一号証の一ないし八、証人山本絹子、同阪口正一、同甲和昭三、同阪元義博の各証言、被告田中幸一こと李幸一(以下「被告幸一」という。)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  本件建物は、平成元年四月二五日ころ新築された鉄骨鉄筋コンクリート、鉄骨造陸屋根地下四階付一四階建建物(「渡辺リクルートビル」)の一階部分であり、大阪神ビル(「阪神百貨店」)とは本件道路をへだててその南側に位置し、また、大阪駅前第四ビルの北側に位置している。

(二)  ところで、大阪市北区の梅田地区の中心部に位置する大阪駅前ダイヤモンド地区(JR大阪駅、御堂筋、国道二号、四つ橋筋に囲まれた10.7ヘクタールの区域)については、かねてより、同地区の来訪者の利便性の向上と地上交通の輻輳緩和のため、片福線桜橋駅(仮称)とJR大阪駅等の既設駅とを連絡する公共地下歩道等の建設計画が進められていたところ、大阪駅前公共地下歩道等建設工事(本件工事)が、平成元年一二月に大阪駅前ダイヤモンド地下街計画として地下街中央道路協議会で承認され、平成二年三月には、事業の施行について大阪府知事の事業認可を受け、工事期間については、平成三年二月から平成七年三月までと予定されていた。

(三)  本件道路において、平成三年三月一八日から試験掘工事が始まり、同年七月二二日以降、歩道切削工事、杭打ち工事、掘削工事、路面覆工工事、地盤改良工事等が行われ、これに伴って、本件道路も平成三年七月から平成四年三月までアスファルト仮歩道となり、平成四年三月以降は覆工板仮歩道となった。そして、平成四年一〇月以降は本件工事は日毎に大規模のものとなり、本件道路のうち歩道部分は幅約1.5メートルを残して高さ約二メートルの目隠し塀で仕切られ、本件道路の車道部分のうち南側(本件建物の側)には本件工事のための工事用車両及び機器資材類等が搬入されたため、周辺の通行人が本件建物を観望することは難しくなった。

3  請求原因4(錯誤無効)について

(一)  前記2で認定の事実に、前掲甲第七、八号証、同第九号証の一ないし八、同第一〇号証の一ないし一四、同第一一号証の一ないし八、同第二二号証、乙第九号証、いずれも成立に争いのない甲第二、三号証、同第四号証の一、二、同第一四号証、乙第一、二号証、同第三号証の一、二、いずれも証人山本絹子の証言により真正に成立したものと認められる甲第二三号証の一、二、同第二四号証、証人阪口正一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一五号証、被告幸一本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第八号証、いずれも平成二年九月一七日に本件建物及びその内部を撮影した写真であることは当事者間に争いがなく、証人甲和昭三の証言により撮影者は株式会社KIDの社員である工藤某であることが認められる甲第六号証の一ないし一〇、証人山本絹子(一部)、同阪口正一(一部)、同甲和昭三(一部)、同阪本義博の各証言、被告幸一本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(1) 被告幸一は、平成元年の末又は平成二年初めころ、被告らの共有する本件建物の賃貸の仲介を株式会社エステートサービス(以下「エステートサービス」という。)に依頼した。エステートサービスにおける右仲介の担当者は、平成二年五月ころから同社の従業員の阪元義博(以下「阪元」という。)となった。

阪元は、右当時、新聞報道や業界内部の情報等により、梅田地区にある大阪駅前第一ビル、同第二ビル、同第三ビル及び同第四ビルをつなぐ地下街が建設されるという計画が進行中であることを知っていた。

(2) 被告幸一は、平成元年五月ころ、本件工事が予定されていることを知った。もっとも、被告幸一は、本件工事について、本件建物の近くに地下街への出入り口ができるという程度の認識しかなく、工事の具体的内容、工事の行われる期間、工事によって本件道路がどのような状況になるかということ等についての具体的な認識はなかった。また、被告幸一は、本件工事が後記のとおり地下のみならず地上部分についても大規模な工事となるとは思いもよらなかったため、本件工事の施主である大阪市に対して本件工事の具体的内容について特に問い合わせることはせず、本件賃貸借契約を締結する以前に、大阪市から本件工事の具体的内容について説明を受けたこともなかった。

(3) 原告(本件賃貸借契約を締結した当時の商号は「株式会社テンポラリーセンター」であった。)は、東京都千代田区内幸町二丁目二番一号日本プレスセンタービルに本店を有し、労働者派遣事業等を目的とする資本金四億九五〇〇万円の株式会社であり、平成元年三月一日までは大阪市北区中之島二丁目二番二号に本店を有していたところ、その後も同所ニチメンビルに大阪本社を設置していた(なお、後述のとおり、大阪本社は、平成五年七月一二日、右ニチメンビルから大阪市北区小松原町三番三号OSビルに移転し、移転後は、「大阪本社」という名称を「大阪ヘッドクオーター」へと変更した。)。ところで、原告は、平成元年の秋ころから、原告という企業とりわけ原告の人材派遣のシステムを一般の人々に知ってもらうためのショールーム的役割を果たすための機能をも兼ね備えた店舗として、ターミナルのある梅田の近くで、人通りが多く、若い女性の通行が多く、一階の物件で前面がガラス張りになっていて外部から建物内部の様子がよく見えるという条件で店舗用の物件を探し始め(当時同社の取締役人材開発部長であった山本絹子(以下「山本」という。)が、右業務を担当した。)、平成二年六月ころ、阪元から、本件建物の紹介を受け、本件建物が右の条件を満たしていたため、本件建物を賃借したいとの意向を持ち、エステートサービスの仲介で、平成二年八月一七日、被告らとの間で、本件賃貸借契約を締結し、同年九月半ばから、本件建物を事務所、ロビー、ショールーム、会議室等の目的で使用し、原告梅田店として営業を開始した。

なお、右の契約を締結するに際し、本件建物の使用目的は、「事務所、ロビー、ショールーム、会議室等」と契約書に表示されており、阪元及び被告らは、原告が人材派遣を業としていること及び原告が本件建物を賃貸した目的に本件建物をショールームとして使用することが含まれていることは知っていた。

ところで、山本は、本件賃貸借契約締結に当たり、阪元及び被告らから、本件工事の期間、本件工事によって本件道路がどの程度の影響を受けるかということについては事前に知らされておらず、したがって、右の点について認識することなく、本件賃貸借契約を締結したものであるが、右契約締結以前に、阪元からは、大阪駅前第一ビル、同第二ビル、同第三ビル、同第四ビルをつなぐ地下街が建設されるという計画があること及び本件建物の近くに地下街の出入口ができるということを聞かされていたが(これを否定する証人山本及び同甲和の供述は、にわかに信用できない。)、原告は、これに特段関心を示さず、右計画や地下街の工事が本件道路に及ぼす影響ひいては本件建物のショールームとしての機能に及ぼす影響について、自ら調査したり、阪元及び被告らに対し、右の点についての調査を尽すよう求めたこともなかった。

(4) その後、前記3で認定のとおり、本件道路において、平成三年三月一八日から試験掘工事が始まり、同年七月二二日以降、歩道切削工事、杭打ち工事、掘削工事、路面覆工工事、地盤改良工事等が行われ、平成四年一〇月以降は本件工事は日毎に大規模のものとなり、遅くとも同年夏ころになると、本件建物及び本件道路一帯が様変わりの状態となり、本件建物の周辺の通行人が外部から本件建物の内部を観望することは難しい状況となっていた。それにもかかわらず、原告は、本件工事の工事期間や工事内容を調査したり、被告ら及び阪元に対し、本件建物のショールーム機能が低下している等の苦情を申し述べたことはなく、本件賃貸借契約の期間満了日である平成四年八月一六日の六か月前までに、被告らに対して本件賃貸借契約を終了させる旨の書面による通知をせず、同契約を更に二年間自動更新させた上、平成四年九月分の賃料については、本件賃貸借契約で定められた「賃料は二年毎に改定するものとし、改定後の賃料は改定前の賃料の額の一〇パーセントを増額した賃料とする。」旨の約定どおりの賃料額を支払った。さらに、原告は、後述するとおり、平成四年一〇月ころ、被告らとの間に、本件賃貸借契約の存続を前提として、同年一〇月分から平成五年九月分までの賃料を従前のとおり一か月金四二二万八八〇〇円に据え置く旨の合意をした。

(5) 原告は、平成四年一一月一九日、被告らに対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同年一二月二〇日、被告らに対し、本件建物を明け渡し、梅田支店を原告の大阪本社(ニチメンビル四階)内に移転した。

原告は、平成四年一〇月又は一一月ころから、大阪における三つの支店(梅田支店・大阪東支店・大阪南支店)と大阪本社を一つに統合することによって、原告の大阪における意思統一や営業を効率的に行っていくという計画をたて、平成五年七月一二日、右三支店と大阪本社を統合して、大阪市北区小松原三番三号OSビル内に、新たな事務所(以下「大阪ヘッドクオーター」という。)を設置した(なお、原告は、東京においても、東京所在の一八支店を一か所に統合し、平成五年五月六日に東京都渋谷区広尾に新たに事務所(東京ヘッドクオーター)を設置した。)。原告は、梅田支店を本件建物に設置する以前は、梅田支店のようにビルの一階に位置し不特定多数の人に原告の人材派遣のシステムを知らせるためのショールームとしての機能及び不特定多数の人を対象とするイベントを実施する場所としての機能を併せ持つ店舗を有しておらず、また、本件建物から梅田支店を撤退させた後に、梅田支店と同様の機能(不特定多数の人を対象とするショールーム的機能・不特定多数の人を対象とするイベントを開催する場所としての機能)を持つ店舗を新たに出店したことはなく、右の機能を持つ店舗を設置するにふさわしい建物を探し求めたこともないのであり、大阪ヘッドクオーターも、右のような機能を有するものではない。

(二)  ところで、原告は、原告が本件賃貸借契約を締結した目的は、本件建物にショールームとしての機能を最大限に発揮させ、一般通行人が気軽に店内に立ち寄り、原告の派遣労働者として登録して貰い、質の高い人材を確保することにあり、被告らも原告の右目的を了解していたところ、原告は、本件賃貸借契約を締結するに際し、被告らから、本件工事の具体的内容等について説明を受けなかったため、本件建物が右契約目的にふさわしい建物であると誤信して本件賃貸借契約を締結したものであるから、意思表示の要素に錯誤がある旨を主張している。そして、右(一)で認定したところによると、なるほど、原告は、本件賃貸借契約を締結するに際し、本件道路側から本件建物の内部をよく見通すことができるということに相当程度重きを置き、近い将来本件工事によって右見通しがかなり阻害されるということまでは予期しないで右契約を締結したことが窺われなくはない。

しかしながら、被告らにおいて、原告が労働者派遣事業を目的とする会社であり、かつ、本件建物がショールームとしても使用されることを知っていたということのみから、原告が主張するが如き内容の本件賃貸借契約の目的を理解し、これを知悉していたとは認め難いところであるし、原告が本件賃貸借契約を締結するに当たって、阪元から梅田周辺における地下街建設計画や本件建物の近くに地下街の出入口ができる旨の情報を得ていながら、これらの工事の本件道路及び本件建物に及ぼす影響を調査しようとしなかったし、本件工事開始後も本件工事の工事期間、その具体的計画内容を調査しようとせず、また、平成四年夏以降本件工事が大々的に施工されている最中にあって、本件賃貸借契約を自動更新させた上、同年一〇月ころ、その賃料についても本件賃貸借契約の存続を前提とする合意をし、同年一二月二〇日に梅田支店を本件建物から撤退した後には、梅田支店を大阪本社内において営業を継続し、平成五年七月一二日には、梅田支店・大阪東支店・大阪南支店を大阪本社と統合して大阪ヘッドクオーターを設置したものの、右店舗は梅田支店が本件建物に設置されていたときのようなショールーム的機能を有しているわけではなく、特にショールーム機能を有する店舗を新たに設置したり、ショールーム機能を有する店舗を設置するにふさわしい建物を新たに探し求めているわけでもない等、原告のかかる行動態度に照らして考える限り、原告が本件建物を賃借した主たる目的が、その主張の如き内容の契約目的にあったとはにわかに認め難いというべきである。のみならず、証人山本及び同甲和が供述するように、通行人の女性をショールームに呼びこみ、そこで適性検査を行って、原告の派遣労働者として登録して貰い、もって質の高い人材を確保するという原告の企業理念が、はたして本件建物の使用によって実現し得るものであるかは、はなはだ疑問であって、現に、原告自身から、本件訴訟において、本件建物を訪れた通行人の女性が原告の派遣労働者として登録されるに至った人数が、本件工事の施工開始の前後においてどれだけの差異があったかを示す資料は全く提出されておらず、本件工事の影響と原告の右企業理念の実現を阻害したこととの間の相当因果関係を認めるに足りる的確な証拠もない。

以上に述べたところを総合して考えると、本件の全証拠によっても、原告が本件賃貸借契約の締結に当たり、本件建物にショールームとしての機能を最大限に発揮させ、一般通行人が気軽に店内に立ち寄り、原告の派遣労働者として登録して貰い、質の高い人材を確保するということを本件賃貸借契約の重要部分と考えていたものとは未だ確信を抱かせるに足りないというべきである。

よって、原告の錯誤無効の主張は採用することができない。

4  請求原因5(履行不能による解除)について

原告は、被告らが本件賃貸借契約を締結する前に本件工事の工事計画の概要、工事内容及び工事期間等の詳細について調査することを怠ったことは、ショールーム機能を目的とする店舗の貸主としての重大な義務違反であると主張し、原告は被告らの右の債務不履行のために本件工事の詳細を把握することなく本件賃貸借契約を締結したものであり、本件工事によって原告が本件建物を使用収益することは不可能となったとして、右の債務不履行に起因する履行不能を理由として本件賃貸借契約を解除したと主張する。

しかしながら、前記2で認定のとおり、本件工事によって本件道路から本件建物に対する見通しが悪くなり、本件道路を通行する者のうち、幅1.5メートルの歩道を通行する者以外は、本件道路から本件建物を見ることができない状態となったことは認められるものの、本件工事によって本件建物自体の使用が不可能となったものではなく、本件建物を訪れる際の交通の便や本件建物を事務所、会議室及びロビーとして使用することに対する影響はほとんどないと認められるから、被告らが原告に対して本件建物を使用収益させる義務が履行不能となったとまではいうことができない。したがって、原告の主張は理由がない。

5  請求原因6(事情変更による解除)について

事情変更の原則が適用される場合としては、契約締結後にその基礎となった事情が当事者の予見しえない事情により変更したために、当初の契約内容に当事者を拘束することが極めて過酷になった場合をいうと考えるのが相当である。

本件において、原告及び被告らが、本件賃貸借契約を締結する以前には本件工事が本件道路に前記のとおりの影響を及ぼすということについて予期していなかったことは前記のとおりである。

しかしながら、前記4で認定したとおり、本件工事による、本件建物を訪れる際の交通の便や本件建物を事務所及びロビーとして使用することに対する影響はほとんどないのであるから、本件賃貸借契約を存続させておくことが原告にとって極めて過酷であるとまではいえない。したがって、本件について事情変更の原則を適用することは困難であるといわなければならない。

6  請求原因7(六一一条二項による解除)について

原告は、本件工事によって原告は本件賃貸借契約の目的を何年間にもわたり遂げることができなくなったのであるから、民法六一一条一項及び二項(賃貸物の一部の滅失による目的達成不能)を準用して本件賃貸借契約を解除したと主張する。

しかしながら、同条一項の規定する「賃借物ノ一部ガ賃借人ノ過失ニ因ラスシテ滅失シタルトキ」とは、賃借物の一部が使用不能となったことをいうと解するのが相当であり、本件において本件建物の使用が不能となったとは認められないことは前記4のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

7  本件賃貸借契約の終了

前記3ないし6で認定・説示したとおり、原告の主張のうち、本件賃貸借契約が錯誤により無効である又は解除によって終了したとの部分は理由がなく、後記被告らの主張するとおり、本件賃貸借契約は、原告が平成四年一一月二八日に被告らに対して解約通知をしてから六か月後である平成五年五月二七日の経過をもって終了したと認められる。

二  抗弁事実について

1  抗弁2の事実(保証金からの二割控除の合意)は当事者間に争いがない。

2  抗弁3の事実(弁済の提供)のうち、被告らが原告に対して平成五年七月一九日到達の内容証明郵便により、保証金から契約書に定める清算額を控除した残金を支払う旨を通知したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、被告幸一の供述によれば、被告らは、右通知をした時点において、原告に対して支払うべき保証金の準備としては、銀行に対して融資を申し込んでいたというに過ぎず、現金や小切手で右保証金を準備していたわけではないことが認められる。

よって、被告らが右通知をしたことをもって本件保証金返還債務の弁済の提供があったと認めることはできないから、被告らは、本件保証金について平成五年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負っているというべきである。

三  再抗弁事実について

1  再抗弁1(公序良俗違反)について

前掲甲第二、三号証、証人山本絹子、同阪元義博の証言、被告幸一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、(一)保証金とは、賃貸借契約の締結に当たって賃借人から賃貸人に対して預け入れられる金員であり、一定期間に一定割合の金員を償却費とし、保証金を返還すべきときに保証金から償却費を控除した残額を返還することが多く、償却費は現実に未払賃料等の損害の発生の有無に関係なく控除されること、(二)原告は本件賃貸借契約を締結するに際して本件特約(特に保証金の二割償却を定めた部分)の趣旨を十分に理解した上で右契約を締結していること、(三)賃借人の交代の際には新賃借人を見つけるまでにある程度の期間を生じ、その間賃貸人が家賃収入を得ることができないことはしばしば生じる(本件においても、原告が本件建物を退去した後、本件建物には新たな賃借人が入居していない)ことが認められ、右事実に加えて本件特約において償却が予定されているのは保証金のうちの二割に過ぎないことをも考え併せると、右の償却規定が借家法の精神や民法九〇条に照らして無効であると認めることはできず、原告の主張は理由がない。

2  再抗弁2(本件特約の不適用)について

原告は、本件特約は賃借人の責に帰すべき事由によって賃貸借契約が終了した場合に限って適用されるものであり、本件においては、賃借人である原告の責に帰すべき事由によって本件賃貸借契約が終了したものではないから、本件特約を適用して保証金を減額することは許されないと主張する。

しかしながら、前記一4で認定したとおり、本件工事によって被告らが原告に対して本件建物を使用収益させる義務が履行不能となったとは認められず、本件賃貸借契約の終了は、原告の自己都合による解約によるものであったと認められる。

よって、本件の場合、本件特約を適用することが相当であるから、原告の主張は理由がない。

3  再抗弁3(期間満了前の解約を理由とする、控除するべき保証金の減額)について

原告は、本件賃貸借契約は二〇年程度の長期を予定したものであるから、契約を締結した後、わずか二年四か月後に右の契約が終了している本件の場合には保証金から控除される金額は、当初予定されていた七四〇〇万円ではなく、七四〇万円に減額されるべきであると主張する。

確かに、本件においては、前記認定のとおり、保証金の額は賃料の約八七か月分であってかなり高額であること、原告は本件建物に入居するにあたり四九九四万円を費やして内装工事をしていることが認められ、原告も被告らも本件賃貸借契約が二年以上続く可能性が高いことを想定していたと認められる。

しかしながら、前掲甲第二、三号証、証人山本絹子、同阪元義博の証言、被告幸一本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告と被告らは、本件賃貸借契約を締結するにあたり、あえて賃貸期間を二年と定め、契約の更新については、契約期間が満了した都度双方で協議する旨を定めたことが認められる。

とすれば、本件賃貸借契約の賃貸期間は二年間であるから、右の賃貸期間を経過した後に本件賃貸借契約が終了した場合は、当初の合意どおり保証金から二割を控除した額を返還すれば足りると解するのが相当であって、本件の場合を賃貸期間満了前に賃貸借契約が終了した場合と同様に考えることはできず、原告の主張は理由がない。

4  再抗弁4(賃料据置きの合意)について

前掲乙第八号証、いずれも成立に争いのない乙第七号証の一、二、証人阪口正一の証言及び被告幸一本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、原告は、本件賃貸借契約の期間満了日である平成四年八月一六日の六か月前までに、被告らに対して本件賃貸借契約を終了させる旨の書面による通知をせず、同契約をさらに二年間自動更新させた上、平成四年九月分の賃料については、本件賃貸借契約で定められた「賃料は二年毎に改定するものとし、改定後の賃料は改定前の賃料の額の一〇パーセントを増額した賃料とする。」旨の約定どおりの賃料額を支払い、平成四年一〇月ころ、被告らとの間に、本件賃貸借契約の存続を前提として、同年一〇月分から平成五年九月分までの賃料を従前のとおり一か月金四二二万八八〇〇円に据え置く旨の合意(以下「本件合意」という。)をし、同年一〇月分及び一一月分の賃料は従前どおり四二二万八八〇〇円が支払われたことが認められる。なお、原告は、被告らに対し、平成四年八月分の賃料については従前の賃料(四二二万八八〇〇円)を支払っており、本件賃貸借契約が更新された日である同月一七日から同月三一日までの賃料のうち従前の賃料を一〇パーセント増額した部分(二〇万四六一九円)については支払っていないものの、右の増額部分は少額であるため、原告と被告との間で本件合意をする際、原告の右増額部分についての支払義務を免除する旨の合意も同時になされたと認めるのが相当である。

これに対して、被告らは、被告らと赤松孝之(平成四年一〇月当時、原告の総務部長であり、本件賃貸借契約について担当していた者である。)との間で、平成四年一〇月ころ、本件賃貸借契約の賃料を従前のとおり据え置くという話が出たことはあったものの、正式に賃料据置きの合意がなされたわけではなく、その後、原告から被告らに対して平成四年一一月一九日に本件賃貸借を解除する旨の通知がきたために正式の合意には至らなかったものであると主張し、被告幸一本人尋問の結果中には右主張に沿う部分もある。

しかしながら、原告の総務部長であり本件賃貸借契約に関する業務を担当していた赤松と被告らとの間に、平成四年一〇月ころ、本件賃貸借契約の賃料を従前のとおり据え置くという話があり、原告は被告らに対して同年一〇月分及び一一月分の賃料については従前どおり四二二万八八〇〇円を支払ったことは被告らも自認するものであり、被告らも、賃料据え置きの合意があったことを認める通知(乙第七号証の一)を出していることを考え併せれば、原告と被告らとの間には平成四年一〇月ころに本件合意があったと認めるのが相当であり、右合意はなかったとする被告幸一の供述は到底採用することができない。

5  再抗弁5(賃料減額請求)について

原告が被告らに対し、平成四年一一月二七日付け書面において、本件賃貸借契約における賃料を一か月につき二一一万四四〇〇円に減額するよう請求したことは当事者間に争いがない。

原告は、右のとおり賃料が減額されることの根拠として、本件建物をとりまく環境の変化、すなわち本件工事によって本件建物がショールームとして機能し得なくなったことをあげている。

しかしながら、前記一4のとおり、本件工事によって本件建物自体の使用が不可能となったものではなく、本件建物を訪れる際の交通の便や本件建物を事務所、会議室及びロビーとして使用することに対する影響はほとんどないと認められるから、本件賃貸借契約における賃料を従前の賃料の半額に減額するのが相当であるとするほどの環境の変化は認められず、原告の賃料減額請求の主張は理由がない。

四  被告らが原告に対して支払うべき金員

右一ないし三で検討したとおり、本件において、被告らが原告に対して支払うべき金員は、原告の差し入れた保証金三億七〇〇〇万円から、その二割を控除し、さらに平成五年一月一日から同年五月二七日までの未払い賃料合計二〇五九万八三四八円に消費税三パーセントを加算した金二一二一万六二九八円を契約に基づいて控除した、金二億七四七八万三七〇二円となる(計算方法は次のとおり)。

3億7000万円×0.8−(422万8800円×4+422万8800円×27/31)×1.03=2億7478万3702円

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、保証金のうち金二億七四七八万三七〇二円及びこれに対する平成五年五月二八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三浦潤 裁判官小林昭彦 裁判官山門優)

別紙物件目録〈省略〉

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